2015年12月20日日曜日

「コルカタとニューヨークは似ている」

と1970年代から1980年代までコルカタに住んでいたアメリカ人が私に語りました。
インドとアメリカ、何が似ているのだろう?
と思ったまま時は過ぎて行き、そのことは忘れてしまっていました。

1980年代の後半、ニューヨークに住んで仕事をしていた私は、早朝、用があって、チャイナタウン方面に歩いていました。前日まで零度くらいだった気温が、寒波の襲来でマイナス16度まで急降下して、厳しい寒さでした。

人気のない3rdアベニューを歩いていると、通りの隅に立っていた白人の青年が私の方を見て、目配せをしました。

彼の目線を追うと、そこには人が倒れていました。
私はすぐに、それは凍死者だと分かりました。
その凍死者は身体が小さく、少年だということは容易に判別できました。

私は、恐る恐る遺体に近づき、背中をこちらに向けていた少年の顔を覗き込みました。
少年はアフリカ系アメリカ人(黒人)でした。
私は、ショックより、なぜか、その少年の黒い顔に刻まれている白い2つの線のような傷に好奇心を奪われました。
しかし、すぐに、それは、目から、頬を伝わって流れた涙が凍って顔に付着した白い線だということが分かりました。

その少年が凍死する瞬間、どういう気持だったのか想像することに、反射的に拒否感を覚え、私は、直ぐにすぐにその場を立ち去りました。

その日、ニューヨークでは、多くのホームレスが凍死しました。
ニューヨーク史上、最も不景気で治安が悪く、多くのホームレスが集中していた時代です。
救急車では対応できずに、ゴミ収集車が遺体回収に出動しました。

こういう光景が、1970年頃のインドのコルカタでも見ることができたそうです。
コルカタでは凍死ではなく、餓死と病死です。
彼が、コルカタとニューヨークは似ていると言った理由がそのときに分かりました。

急に寒くなると、いつもこの事を思い出して、深夜、目が醒めることがあります。
いつの時代も、世の中は、こういう悲劇に溢れています。
きっと、マザーテレサもこのような光景を日常的に目にしていたのでしょう。

仏陀やキリストの教えもこういうところから来ていると思います。
輪廻転生、カルマ、もそうでしょう。
平和なところから宗教や、深い思想は生まれないと思います。

写真は、12月、当時のニューヨークのダウンタウンの様子です。
ちょうどインディアンサマーで穏やかな気候のせいか、人々の表情も平和そのものです。

photo(c)Hiroyuki Ide

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