2017年6月24日土曜日

「小林麻央さんのこと」

うちにはテレビはないし、新聞もとっていません。

YahooJapanはあまりに幼稚な内容なので見ません。

で、

自分のポータルサイトはBBCなのですが、
先日、小林麻央さんがトップに登場していて驚きました。
そして、そこで、亡くなったことを知りました。

彼女のブログ(闘病記)が世界的に有名になって、
その事で彼女の死が取り扱われたようですが、

自分は、子供の頃、食品公害の影響で、重篤な状態と小康状態を繰り返し、
地元の熊本大学医学部大学病院に入院したことがあります。

状態が悪化して緊急入院ということでしたが、急なことで小児科内科にベッドに空きがありませんでした。
それで、癌病棟に入れられることになったのですが、
そこは、最後の個室に入れられる前の四人部屋でした。

そこで病状がいよいよ悪化すると、患者は個室に入れられることになるので、
異様な雰囲気でした。

その四人部屋に入れられたときの、私以外の最初の3人は、脳腫瘍と肺がん。あと一人はあまり話をしなかったので覚えていません。

その3人が次々に個室に移されて、次の3人が入ってきて、また個室に移されて、
ストレッチャーに乗せられて霊安室に向かうときに手を合わせて拝む。
そういうサイクルが一ヶ月ほど続きました。

最初のおとなりのベッドの脳腫瘍の患者は、小学生の女の子でした。
若い子の癌は悲惨。親が見舞いに来て、話しをしているときの様子が子供の自分にも辛かった記憶があります。

自分は、死にゆく人を同じ部屋で見続けたせいか、その時以来、死神のように、命が薄くなった人のことが本能的に分かるようになりました。

父が肺がんになったときも、知り合いの編集者が胃がんで亡くなったときも、まだ病状が出る前から、命が「薄く」なっているのを感じました。もちろん口にはしませんでしたが、、。

昨晩、小林麻央さんの事を知って、この記憶が蘇り、自分の神経が結構過敏になったことを感じていました。

本日午前中に海岸でヨガをやっていて、自分の視界から外れた、後ろの方から、嫌な「咳」が聞こえました。
その咳は、聞き覚えのある「咳」でした。
それは、
例の入院のとき最初に同室だった肺がん患者の咳。
父が肺がんで入院していたときの咳。

相手に気が付かれないように振り返って観察すると、その男性は、年齢は私より少し下くらいの感じに見え、今の時代には珍しいほどチェーン・スモーカーでした。

その男性は、犬を散歩させていたのですが、おそらく奥さんから頼まれていやいやながら散歩させているような雰囲気でした。

黒ずんだ皮膚色の男性の目の下のクマはさらにどす黒く、命が「薄く」なっているのが分かりました。

34歳で死にたくないのに死ななければならない人もいる。
一方、大事な自分の命を、喫煙で縮めている人もいる。
それを、どうのこうの言う資格は自分にはないのは分かっていますが、
なぜか、腹が立って仕方ありませんでした。

人の死は、それが身内であろうとなかろうと、考えさせられることが多く、眠っていた記憶や感覚を呼び起こします。


合掌。

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