2017年6月27日火曜日

「リンポチェ師の瞑想の勧め」


チベット仏教のマスター、ミンギュル・リンポチェ師の瞑想の勧め。

リンポチェ師はこの中で、意識を集中して雑念を払う一般的な瞑想とはちょっと違う、シンプルな瞑想方法を説いている。

師は、我々が実社会で、仕事やその他様々な活動で、忙しい心の状態を「モンキー・マインド」と呼んでいる。多分、あまり落ち着きのない猿の様子に例えているのだと思うが、師は、そのモンキーマインドに「仕事」を与えてやると良い。と語っている。

その仕事とは「呼吸」。

自分の呼吸に神経を集中し2〜3回ゆっくりとした呼吸をする。
それが、瞑想の役目を果たす。

これは、少しやり方が違うが、自分も無意識にやっている方法で、無意識だっただけに、目から鱗が落ちる。という感動を覚えた。

自分の経験だと、静かな部屋で30分ほど行う一般的な瞑想は、長いスパンで見ると、精神に良い影響を与えると思うが、短いスパンでは、効果が持続しない。
自分は短気で好戦的な性格なので、それがよく分かる。

だから、即効的な危機回避的瞑想方法を身に着けてきた。

それは、即、何かに意識を移して躱(かわ)す。という方法。
もちろん、そこで大きな呼吸をするのだが、
その「何か」が呼吸というのは、ヨガをやっていながら気が付かなかった。

しかし、「モンキーマインド」という言葉、
「モンキーマインドに仕事を与える」という比喩。
これが面白く、ユーモアがあって、その上、深い。

チベット仏教は、中国がチベットに侵攻してから、本拠地をインドのダラムシャーラーに移し、そこから、ダライ・ラマ14世を始め、多くのマスター達が世界中に散らばって講演をしたり、あるものはアメリカに定住して教えを広めている。

ダライ・ラマ14世が
「もし中国がチベットを占領しなかったら、私も、チベット仏教も、ポタラ宮から外に出て世界に広まることはなかった」
とおっしゃっていたが、

おそらく、このリンポチェ師の言葉も聴くことはなかったと思う。
それを考えると、人や国の運命というものは、興味深い。
表層だけ見ていると気がつかないことも多い。



2017年6月24日土曜日

「小林麻央さんのこと」

うちにはテレビはないし、新聞もとっていません。

YahooJapanはあまりに幼稚な内容なので見ません。

で、

自分のポータルサイトはBBCなのですが、
先日、小林麻央さんがトップに登場していて驚きました。
そして、そこで、亡くなったことを知りました。

彼女のブログ(闘病記)が世界的に有名になって、
その事で彼女の死が取り扱われたようですが、

自分は、子供の頃、食品公害の影響で、重篤な状態と小康状態を繰り返し、
地元の熊本大学医学部大学病院に入院したことがあります。

状態が悪化して緊急入院ということでしたが、急なことで小児科内科にベッドに空きがありませんでした。
それで、癌病棟に入れられることになったのですが、
そこは、最後の個室に入れられる前の四人部屋でした。

そこで病状がいよいよ悪化すると、患者は個室に入れられることになるので、
異様な雰囲気でした。

その四人部屋に入れられたときの、私以外の最初の3人は、脳腫瘍と肺がん。あと一人はあまり話をしなかったので覚えていません。

その3人が次々に個室に移されて、次の3人が入ってきて、また個室に移されて、
ストレッチャーに乗せられて霊安室に向かうときに手を合わせて拝む。
そういうサイクルが一ヶ月ほど続きました。

最初のおとなりのベッドの脳腫瘍の患者は、小学生の女の子でした。
若い子の癌は悲惨。親が見舞いに来て、話しをしているときの様子が子供の自分にも辛かった記憶があります。

自分は、死にゆく人を同じ部屋で見続けたせいか、その時以来、死神のように、命が薄くなった人のことが本能的に分かるようになりました。

父が肺がんになったときも、知り合いの編集者が胃がんで亡くなったときも、まだ病状が出る前から、命が「薄く」なっているのを感じました。もちろん口にはしませんでしたが、、。

昨晩、小林麻央さんの事を知って、この記憶が蘇り、自分の神経が結構過敏になったことを感じていました。

本日午前中に海岸でヨガをやっていて、自分の視界から外れた、後ろの方から、嫌な「咳」が聞こえました。
その咳は、聞き覚えのある「咳」でした。
それは、
例の入院のとき最初に同室だった肺がん患者の咳。
父が肺がんで入院していたときの咳。

相手に気が付かれないように振り返って観察すると、その男性は、年齢は私より少し下くらいの感じに見え、今の時代には珍しいほどチェーン・スモーカーでした。

その男性は、犬を散歩させていたのですが、おそらく奥さんから頼まれていやいやながら散歩させているような雰囲気でした。

黒ずんだ皮膚色の男性の目の下のクマはさらにどす黒く、命が「薄く」なっているのが分かりました。

34歳で死にたくないのに死ななければならない人もいる。
一方、大事な自分の命を、喫煙で縮めている人もいる。
それを、どうのこうの言う資格は自分にはないのは分かっていますが、
なぜか、腹が立って仕方ありませんでした。

人の死は、それが身内であろうとなかろうと、考えさせられることが多く、眠っていた記憶や感覚を呼び起こします。


合掌。

2017年6月20日火曜日

「スローモーションチェック」

しんぴ倒立・スローモーション from 井手宏幸 on Vimeo.

現在、iPhone7plusを使っていますが、カメラが極めて優秀です。
自分の仕事はフォトグラファーですが、一度、仕事の動画撮影に使ったくらい。

そのiPhoneカメラにスローモーション機能が付いているのを忘れていました。
で、
今朝の海岸でのヨガの後に、しんぴ倒立(Press to handstand)をスローで撮ってみました。

初めての撮影でしたが、素晴らしいです。
何が素晴らしいかというと、スローモーションということはそれだけ情報量が多いということ。身体の各パーツの動きが詳細に把握できます。

動きだけではなく、足の筋肉量がちょっと落ちたとか。
結構いろんな事が目につきます。

小さな三脚とiPhoneがあれば、直ぐに撮れるので、
特に、ヴィンヤサをやっている方は重宝すると思います。

いろんな課題が目に入ってくると思います。

この、しんぴ倒立は、やり方が人によって異なります。
通常、講習では、最初に、すでに、逆V字に開いた足を閉じずにそのまま倒立に持ってきて、倒立完成前に足をたたむように教えますが、

自分は、一部の新体操の選手のように、スタートは閉じたまま、足が上がり始めたら、扇のように大きく足を180度開き、それから足を閉じ始め、なるべく一定のスピードで倒立に持っていくようにしています。

こちらの方がスムーズだと思いますが、かなりの股関節の柔軟性が必要で、完璧な180度開脚ができないと美しくないです。

現在、開脚度は175度くらい。ほぼ180度には見えますが、まだ、若干閉じている。

これを完全に180度に、欲を言えば、190度くらいまで開くようにすると、きれいに扇のように足が旋回します。

BKSアイアンガー師の「蓮の花が咲くようなアーサナ」、常に自分の目標です。


2017年6月16日金曜日

「ヨガと運動能力」

倒立歩行・後ろ歩き from 井手宏幸 on Vimeo.

人間の身体は、例えば、手足を、ある方向への動きには全く使っていなかったりします。
そういう方向へ身体を動かしてみると、様々な運動神経やバランス感覚を養うことができます。

よく、後ろ向きで歩くと良いと言われますが、
実際歩いてみると、前向きとは勝手が違い、練習が終わると、身体の感覚が練習前とは違ってきていることに気が付きます。

この倒立歩行の後ろ歩きもそうです。前方に普通に歩くのとは、バランスの取り方が違い、これができるようになると、静止倒立やしんぴ倒立の時にバランスを崩しかけても、身体が自然にバランスを修正してくれるようになります。

ヨガは特に現在では室内で限られたスペースで、大勢で行うので、
身体が移動するアーサナ、大きく動く運動は行うことができません。

本来屋外で、山(主にヒマラヤ)を駆け巡ったり、木に登って逆さにぶら下がったり、
棒の先に岩をくくりつけて筋トレをしたりなど、
ヨギが本来行ってきた静的なアーサナとは別にやっていた動的な運動を行うことができません。

実は、伝統的なアーサナは、これらのヨギたちがやっていた筋トレ的な修行を前提にしています。それだけの筋力が必要だということです。

こういうことを考えると、アシュタンガヨガは、本来自然の中で肉体を鍛えていたヨギたちの筋力を身につける。という意味において、素晴らしいヨガであると思います。

ヨガのアーサナ的な側面を見ると、やはり、ヨガの他にさまざまな運動をやっている方はとてもマスターが早く、アーサナの本質的なものを見る目も鋭いと思います。

サーファーにヨギが多いですが、ジェリー・ロペスやマークロバーツは素晴らしいサーファーでありヨギです。マークロバーツは、ヨガが本職、アシュタンガヨガの国際的な指導員です。

マークはまだ若いですが、こういう体力・運動能力的にも優れたヨガティーチャーは、老齢になっても難易度の高いアーサナをこなしていくことができます。

ヨガとランニング、サーフィン、バレエ、ダンス、格闘技は特に相性が良いと思います。両方やっていると、良い影響を与え合うと思います。